近代戦争史を考え始める
- 2009/07/08(水) 18:49:34
日本近代史
避けて通れない・通ってはいけない「戦争」という事実に向き合う。
でも事実に対して真摯に知ろうとした事は無かった。
というのも、学ぶ事へのちょっとした腑の悪さを持っていたから。
引け目や罪悪感、タブーetc.
目を背けてはいけないと思いつつ今日まで来てしまった。
それを最近は知ろうと行動を起こしはじめた。
ネットを漁ることから始めた。
記事の書かれ方には非常に注意が必要であると強く思った。
それがネット上であろうが、書籍上であろうが偏った情報や言い回しへの細心の注意。
まずこの前提を意識することが出来たのは、これから学ぶ上で良い門出であったと思う。
自虐史観
すでに偏っている。そして一つ気づいた事がある。
自虐史観ってキリスト教と似ているのだ。
「原罪」
その原罪によって人を縛り、結果的に宗教の拡大に一役買った教理だろう。
救われるためには・・・従僕だ。そして排他的。
なんだか似ているものがないだろうか?
現在の日本に。
罪と救済(救済は現実には起こらないだろうけど)の構造がそっくりでは?
罪を負った者は救済を求める。
キリスト教では罪を負った(持っている)人間は神に救済を求めるだろう。
日本は、誰に?何処に?
人間、国、世界。
これらに求めても救済される事はないだろう。
むしろその罪悪感を利用するだろう。悲しい事に。
結局は罪と救済の構造の中にいるだけでは日本は先へ進むことは出来ない。
戦争という事実を受け入れながら先へ進む思考がなければならない。
それはどのような道であるかを探していくことが戦後に生きる日本人の成し遂げなければならないことだと私は思う。
宗教の例としてキリスト教を挙げた理由
私はミッションスクール出身で6年間キリスト教に触れてきたため「宗教」という枠組みのなかで語るのに最も知り得ている宗教であったから。
仏教や神道よりも知識は持っているということで取り上げたにすぎない。
本文中の「宗教」はどちらかというと「カルト」的な宗教と言い換えた方が正しい。




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